ゲームオタクの青年が、扉を開けて旅に出た。
この本はまさに、RPGの「冒険の書」だ。ゲームオタクだった著者が、自転車を手に入れてからは、自転車旅行の虜になってしまう。RPGで地道にレベルを上げるように、日本国内を自転車で旅していた著者は、ついに日本から飛び出すことを決意。大学の休みを利用してオーストラリアに旅立つ。
彼が最初に選んだのは南オーストラリア州の州都アデレードから、トップエンドの街ダーウィンを目指すルートだった。その距離3700キロ。オーストラリア大陸を縦に上がっていく。実は、このルート「THE GHAN(ザ・ガン)」という豪華列車が通っている。2泊3日で、オーストラリアの自然を楽しみながら北上するコースは予約が取れないほどの人気だ。料金も高く、日本円で15万円以上する。空調の効いた列車で車窓を楽しむ分には快適な旅だが、それを自分の脚を使って自転車で行くとなれば、旅の意味はまったく変わってしまう。アウトバックと呼ばれるオーストラリアの自然が牙をむいて襲ってくる。何よりも怖いのは暑さだ。乾燥した空気は50度を超え、体力を奪う。その中を1日100キロ以上走るのだ。オーストラリアの内陸は砂漠がほとんどだ。たまに町があったとしては、300キロ先というのも多い。数十キロ毎にガソリンスタンドが設けられているのは、アウトバックで遭難する旅行者に対応したもので、オーストラリアの法律で設置が定められている。次のガソリンスタンドを目指しながらペダルを踏み北上していくが、あるアクシデントで水を失ってしまう。命の危機を救ってくれたのが通りかかったオージーだった。
海外の自転車旅行は、最初のペダルを踏みだすまでが憂鬱だ。準備をしても不安は募る。著者が選ぶルートも過酷な場所が多い。オーストラリア縦断の次は、タクラマカン砂漠横断、アラスカ州縦断、マレー半島縦断。命の危険を感じさせる出来事もあるが、著者は明るく乗り切っていく。片言でお現地の言葉を使ってトラブルを乗り切り、最後は笑顔でそこを去る著者の明るさがページの隅々にまで溢れている。
社会人を続けながらいくつもの自転車旅行を重ね、著者は南極点への自転車旅行を決心する。その経緯は、『会社員 自転車で南極点へ行く』に詳しい。冒険とは、不可能への挑戦だと定義できるが、著者は2つの冒険に挑んでいる。1つ目は「自転車で過酷なルートを走破する冒険」。2つ目は、「社会人としての冒険」だ。本の中でも触れているが、日本人は社会人になると仕事に影響するような趣味を持たないのが普通だ。アラスカを縦断しているときに、同行のアメリカ人にそう話したところ、理解してもらえなかった。その後、彼は就職し、冒険を続けている。就業しながらの冒険は不可能だということに挑戦しているのだ。
この1冊は、著者にとってこれまでの「冒険の書」であり、この本を読んで冒険に出たいと思う会社員にとっても「冒険の書」となるはずだ。
文/大西鉄弥
著者:大島義史
定価:1400円
ページ数:256ページ
発行:小学館クリエイティブ